株式会社evance

「音の役者さん」——香川から世界のアニメに音を吹き込む、フォーリーアーティスト

 アニメの登場人物が歩く足音、服がこすれる音、物に触れる音。こうした「声以外の音」を、映像に合わせて実際に演じ、録音する人をフォーリーアーティストといいます。
 香川県高松市を拠点に、数多くのアニメ作品の音を手がけるフォーリーアーティストの渡邊雅文さんは、自らの仕事を「音の役者さん」と表現します。
 「キャラクターの声を声優さんが担当し、それ以外の音を僕たちが担当しています。声優さんと二人で、一人の登場人物を演じている感覚です」
 映像を見ながら、登場人物の動きや感情に合わせて体を動かし、その場で音を演じます。録音ボタンを押した後は、機械を操作するよりも、自ら動いている時間の方が長いといいます。

声優と二人で、一人の登場人物を演じる

 フォーリーで表現するのは、足音や衣擦れ、物を持つ音、床に座る音など、映像の中で人や物が動くことで生まれる音です。同じ足音でも、登場人物の年齢や性格、気持ちによって歩き方は変わります。疲れているのか、急いでいるのか、誰かに気づかれないように歩いているのか。そうした背景まで読み取りながら音を演じるため、渡邊さんはフォーリーアーティストを“首から下の声優”や“音のスタントマン”にも例えています。
 フォーリーを専門として掲げる会社は、日本ではまだ多くありません。渡邊さんは専門性を明確に打ち出すことで、香川にいながら全国の作品に携わる道を切り開いてきました。

地元香川で、再び音と向き合う

 東京の音響会社で最前線の仕事に携わっていた渡邊さんが、高松へ戻ったのは2009年のことです。帰郷後は、ビデオカメラマンのアシスタントやイベント設営など、依頼された仕事を幅広く引き受けていました。当時は、自身の音響技術に価値があるとは思えず、「何でもやります」という気持ちで再出発したといいます。
 ところが、東京時代に仕事をしていたディレクターから、遠隔で音の仕事を続けないかと声がかかります。紹介や人とのつながりを通じてフォーリーの依頼が少しずつ増え、再びテレビアニメの仕事が届くようになりました。

スタジオにプールを組み、泡の音で迫力をつくる

 渡邊さんの音づくりを象徴するのが、飛び込み競技を描いたアニメでの収録です。作品で使う水の音をほぼ新しく録音してほしいと依頼され、スタジオ内に約3メートルのプールを設置。水をためるだけで約6時間を要しました。難しかったのは、競技の見せ場となる美しい飛び込みです。高得点の演技ほど水しぶきは小さくなります。しかし、物語が最も盛り上がる場面を無音にするわけにはいきません。そこで、水中にマイクを入れ、選手が水に入った際に生まれる泡の音を収録。水面ではなく水中の音を使うことで、美しい飛び込みを損なわずに迫力を生み出しました。「水は音を出すタイミングまで待機させられません。重ねすぎるとノイズのようにも聞こえる。映像に合わせて逆算しながら音を出す必要があり、本当に難しかったですね」目に見える動きだけにとらわれず、作品に必要な音を考え抜く。その発想力と演技力が、映像の世界をより豊かにしています。

自分が演じる未来から、未来を育てる仕事へ

現在、渡邊さんは自ら担当する作品数を少しずつ減らし、会社経営と若手の育成に時間を移しています。

フォーリーは、理論だけではなく、体を動かしながら感覚で身につけてきた技術です。仕事から離れると感覚が鈍る悔しさがある一方、若いスタッフが自分を上回る速さで成長していくことには、経営者として大きな喜びを感じるといいます。

さらに見据えているのは、子どもたちが早い段階から音づくりに触れられる場所です。

現在、フォーリーという仕事を知るのは、専門学校や大学に進んでからという人が少なくありません。音響機材や編集ソフトが必要なため、絵や音楽のように家庭で気軽に始めることも難しいのが現状です。

そこで、商店街の空き店舗などに機材をそろえ、子どもたちが映像制作や音響、デザインなどを体験できる拠点をつくる構想を描いています。高松の広告・クリエイティブ関係者とも連携し、技術だけでなく、仕事として続けていくための知識まで伝えたいと考えています。

海外の展示会で音づくりの体験を提供した際には、言葉が十分に通じなくても、多くの人が音をつくる楽しさに夢中になりました。

香川で演じた一つの音が、海を越えて世界の人の心を動かす。そして、音に憧れた子どもが、いつか新しい作品に命を吹き込む。

渡邊さんは今、自ら音をつくるだけでなく、音の世界の未来そのものを育てようとしています。